「ちば」で生きる「いえ」を建てる シンプル・節約・DIY・生活に関するブログ

家業を継がないと決めた後継者だった私が、1年経って感じる思いと変化

後継者問題から1年思う事

こんにちはHIROです。

私は「後継者問題」「跡継ぎ問題」に向かい合い、子ども側の立場で「継がない」という答えを出しました。

経緯はこちらをご覧ください。

>>家業を継ぐ・継がない 私が3年悩んだ事そして結論 前編

>>家業を継ぐ・継がない 私が3年悩んだ事そして結論 後編

 

もちろん両親にしっかりと話した上で決めた事ですが、「継がない」という答えを出してから一年が経過し少なからず心境や環境に変化があったと感じています。

その変化について今回は書いてみたいと思います。後継者問題で悩んでいる「子供の立場」の方の参考になれば幸いです。

「継がない」と決断してからの心境や環境の変化

家を継ぐ 人生が変わる

「継がない」という決断は今後の人生の覚悟を決めるという事です。私はその決断で千葉に家を建てたのですが、正直な所両親への「罪悪感」は消えていません。実家に戻るたびに少しづつ確実に「老いていく両親」の姿をみると、どうしても「罪悪感」が出てきます。

 

どちらかというと、「家を継がない」という事ではなく「実家に帰らない」という事に対しての罪悪感という感じなのですが、両親に「何か」あったとしてもすぐには駆け付けられない、すぐに手助けできないという事に関して申し訳なさを感じます。

 

だからこそ私は正月や盆は実家に帰るようにしているのですが、実家に帰っても一日中両親と一緒にいるわけではありません。朝の20~30分と、一緒に夕食を食べる時はその2時間位であり一日2~3時間という時間です。

 

1年を通しても両親と過ごす時間は24時間あるかないか位でしょう。

 

両親が元気でいられる時間があとどのくらいあるのかはわかりません。

 

だからこそ両親を今まで以上に「大切にしよう」という思いも強くなりました。もちろん妻の「義両親」にもです。

 

近くに住んでいればすぐに手伝ったり出来る事も、遠く離れていれば簡単にはそれも出来ません。

仕事柄様々な高齢者施設にも訪問させて頂くのですが、「自分の両親が施設に入ったらあまり顔をだせないんだな」という気持ちや「体を壊したりした時、何ができるのか?」という事を日々考えさせられます。

 

万が一の時、「出来る事しかできない」という結論しかないのかもしれませんが、どこか「寂しい」気持ちもやはりあります。

両親 特に父親の変化

親との距離

ほんとうに些細な変化です。でもちょっとだけ引っ掛かかるのです。それは「母親と電話した際に、父親に電話を代わらなくなった事」です。

 

前は、電話する機会があると「父親」にも電話が代わり、「元気か?」とかこちらからも「からだ壊さないように」とかそんなやりとりがあったものの、そういうちょっとした機会が減りました。

 

私のほうから父に電話をすれば解決する問題なんですが、特別な用事が無い限り電話をかける時は「なんとなく」母親の方に電話をしてしまいます。

恐らく、これを読んでいる方もそういう方が多いのではないでしょうか?

 

仲が悪いという事ではないです。でもどこかお互いに「遠慮している」気持ちがあるというか、溝というか壁というか「何か」が間にある気がしています。

家業を継がないと決めて後悔はあるか?

家族みんなで旅行

これはありません。自分がしっかりと考えて決めた事です。「後悔している」とは言えません 笑

ただ時折、実家の家業と両親の行く末について考えてしまう事はあります。

私の父は「もう2~3年で店を閉める」と話しています。

私としては「認知症の防止の為にも、何か少しだけでも仕事に関わっていたほうがいいんじゃないかな?」という思いがあります。

 

でもそれこそ「言えない」んですね。家業を継がないと話してからは家業の事に口を出せない雰囲気というか、遠慮してしまう気持ちがあります。

 

店を閉めた後はどうするんだろう?と考える事もあります。

 

母は色々行動的ですが、父は無趣味に近いです。仕事をして、家で晩酌をして、横になりながら株の本を見てるという姿しか思い出せないんですよね。

70歳を越えた両親が元気に暮らしていける時間も、一緒に過ごせる時間も多くは無いのかもしれません。

こうして、まとまりなく書かせてもらっている(言語化する)事で、一つの思いもでてきました。

 

両親が元気なうちに一緒に旅行にでも行きたい

 

私が両親と最後に旅行にいったのはいつだろう?と思えるほど、旅行に行った記憶がありません。夏休みにどこにも旅行に行く事がなかったのも思い出しました。

 

いつも家というか、店というか、ずっと家にいました。

 

別に嫌な記憶ではないし、子供ながらに「店だからしょうがない」という思いもありました。

 

でも両親も一緒なんですよね。特に父親は旅行等に行く機会も少なく、仕事を頑張り私達家族を養ってくれました。

 

今度は「私」が何か楽しい思い出の一つでも一緒に作らせてもらえればいいなと思い始めています。

おわりに 「跡継ぎ・後継者問題」悩みを相談する場所

提案

また、とりとめもなく書いてしまいました。

 

この「家業を継ぐ・継がない」というブログを書かせてもらった時、この事について悩んでいても相談できる場所が無いんだよなーと感じました。

>>家業を継ぐ・継がない 私が3年悩んだ事そして結論 前編

>>家業を継ぐ・継がない 私が3年悩んだ事そして結論 後編

そして、同様の事で悩んでいる方からコメントを頂く事もありました。

 

もしあなたが悩んでいるなら、コメント欄にでもいいので「言語化」してみませんか?匿名希望で構いませんし、コメント欄にメールアドレスの欄がありますが公表される事もありません。

ただただ「思い」を綴ってもらって大丈夫です。

そしてもしよろしければ、その「思い」をまたこうしてブログにまとめさせてもらう事が出来ればと考えています。

 

そうする事で悩んでいる人がこのブログを見つけてくれた時に、私たち(跡取り、後継者)が抱えたまま相談する場所が無かった「悩み」について、「考える場」のようなものになればいいと今は望んでいます。

 

言語化することで、少しづつぼんやりした悩みがクリアになります。一番の悩み所がはっきりとわかるかもしれません。

悩んでいる方、もしよければちょっと頭の片隅に置いていてみて下さい。

下書きもなく、思いのままに書いています。長文乱文申し訳ありません。

追記

もともと書こうとしていた終わり方と変わってしまいました どうやら言語化することで変化が生じてしまったようです 笑

家業を継がない事による廃業を防ぐ方法として、M&Aという方法もあるようでまとめてみました。

>>中小企業の後継者問題を考える|廃業を選ぶ前に考えるもう一つの解決策

35 COMMENTS

プンプン

HIROさん
お久しぶりです!

家業を継ぐ・継がない 私が3年悩んだ事そして結論 後編にてコメントさせて頂いた匿名希望のものです。

私は8月末には実家に戻る事を決めました。

ただし家業を継ぐ気は今はありません。

親も家業を継ぐように育てていませんし、当面はやっと自分が出来るようになった仕事をしたいです。

元々やりたい仕事があって家業を継がないなら家から出ろと言われ親の反対を押し切って一人暮らしを始めました。

でも両親も私が一人暮らしをしている間に歳をとっていっている関係もあり父から「帰って来ないか」と打診を受けました。

私自身純粋に親が心配な気持ちと自分の家賃等が掛からない金銭的で打算的な気持ちもありますが受託しました。

恐らく実家に戻ったら情がうつってしまうかも知れません。

父は私が不動産の資格を持っているため事業を転換させたい狙いがあるのを知っています。

私はそれはちゃんと軌道に乗るならいいなぁと思ってる自分もいます(もちろん厳しい事もありますし地元の方とのコネクションを作っていく必要もあります。)

家族は好きです。
でも地元の人間は昔いじめられたから好きではないです。

でも戻るのであれば地元の方の良い部分を探せるような人間になりたいです!

今は実家の事業を廃業させる(今の就けた仕事を定年までやる)か
事業を転換して継ぐかは私次第だと覚悟はしています。

どちらにいっても背負うリスクはあるし、得られることだってある
そう思ってこれから生きていければなって思います。。。

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HIRO

プンプンさん
おひさしぶりです。そしてコメントありがとうございます。
8月に実家に戻られる決断をされたんですね。

ご自身で頑張ってとった資格を生かしたいという気持ちは当然だと思います。
そして、ご両親を心配な気持ちと金銭的で打算的な気持ちというのもわかる気がします。
私も実家に戻るとしたら、「家賃がかからない」「家を買うとしても援助があるかも・・・」などと考える部分があったので。

ご実家に帰る事での不安面ももちろんあるかと思いますが、全ての決断は委ねられている状態なんですね。
そしてどうあってもそのリスクを背負う気持ちもある。
もうとっくに覚悟が決まっている感じですね。
ご両親の近くに戻られる事で、今後も心境の変化があるのだろうと思います。
何かあった時はまたこちらを思いだして頂けたら幸いです。

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にゃんちゅう。

私は、嫁の立場です。私は継ぎたくないです。ただ、4月からお義父さんの会社に行っています。日に日に仕事量が増えて私には無理だと痛感しています。
事務はお義父さんが一人でしています。
主様といっしょでお義父さんはワンマンなタイプです。
夫がしっかりしていればいいのですが、お義父さんの会社に6年もいるのに会社の事を1つも知りません。当然、事務もわからず、面倒なことから逃げて私にさせる始末。
私は家事も育児もあって、一切夫はしないので正直誰も分かってもらえず辛いです。
今ちょうど悩んでいて最近、体調が悪いです。
ごめんなさい、愚痴になりました。誰にも言えず吐き出してしまいました。

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HIRO

にゃんちゅうさん
コメントありがとうございます。体調が悪いとの事大丈夫ですか?
またご主人様もまだ継いでいないものの、今後「継ぐ前提で働いている」状態なのでしょうか?

ご主人が仕事や育児・家事を理解してくれていれば、仕事の軽減などもでき負担も減るのでしょうが、
それが難しい状況なのだろうと推測させて頂きました。

これらの事で「体調を崩している」状態なのであれば、どこかでしっかり話せる機会がないとお体が心配ですね。
愚痴で構いません。また気持ちがきつい時は吐き出しに来てください。

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にゃんちゅう。

ありがとうございます!
家事や育児は理解してくれて、感謝もされていますが、夫は口だけで面倒な事は私がするだろうと向き合ってくれません。本とはもう10年我慢してきたので離婚したいです。
逃げたくて仕方がありません。
体調が悪くても高熱が出ようとも、子どもの送迎もやってきましたし、家事もしました。それもありがとうのひと言で済ませ、しらんぷり。せめて子どものお風呂でも入れてくれたらいいのに、高熱でフラフラになりながらお風呂入れたりしてきました。
極めつけが会社を継ぐ問題です。
本人が継ぐといってお義父さんの会社に入社したのに、結局は私に回ってきました。
主人はただ会社にいるだけです 。だれもができる、トラックの掃除をするだけなのです。ちなみに運送会社です。
吐き出したいことがたくさんありすぎておさまらないのですが、聞いてくれて嬉しいです。ありがとうございます。
子ども達が寝てからはなしてみます。
これで、まともに取り合ってくれなかったら考えます。

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HIRO

にゃんちゅうさん
10年我慢されてきて、そこに「継ぐ問題」も重なっているのんですね。
大変なこと面倒なことはにゅんちゅうさんが頑張ってこられたんですね。
口だけではなく行動も伴わないといけないと考えさせられました。
ご本人しか分からない気持ちもあるでしょうから、第三者としてしかこういったコメントも書けませんが、
どのような結果であれ、まずは体を第一に考えられてもよいかと思います。
よりよい道に解決していくといいですね。

返信する
にゃんちゅう。

ありがとうございます。昨日、子どもが寝た後で主人と話しました。
継ぐ気があるのか、私個人は無理だと思っていること、背負いきれないこと、特に従業員の生活が出来なくなるような事にはしたくないこと、子どもたちの事を最優先にしたい、あくまで私はサポートにまわりたいこと。話しましたら、継ぐ気はある、信用してないの?と。
信用してはいるけど、いつまで経っても事務所に上がらないし、面倒な事は私にやらせたらいいと思ってるのかなと思ってと話したら、明日から事務所に上がるよとの事で、力強い返事が返ってきました。しばらく様子をみることにします。
ありがとうございました。
またなにか進展ありましたらここでお話させてくださいね。

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匿名

ブログ拝見させていただきました。

私はHIROさんと同じ立場で、大卒で外で社会人になった後、帰省し家業を手伝ってます。当時24歳。

現在32歳、迷っています。
30歳から人生への違和感、虚無感を感じ始め、ここ最近特に継がない気持ちが高まっています。

HIROさんの朝の仕入れが嫌だという気持ちわかります。うちもそうです。業種は違えど、夜中に電話がかかってきたり、365日営業状態です。家族の時間なんてありゃしない。

帰ってきておいてまた出て行く。
これを伝える覚悟を今必死で固めています。親の事です。好きにすればいいとは言ってくれると思います。
でも、胸を締め付けられる思いです。
残していく従業員の事も、気がかりです。
それでも私はやっぱり外で働きたい。家族の時間を大事にできて、やりたい仕事をやりたい。その想いの方が強いです。
背景には、シングルファザーになってしまったから一層家族の時間を大切にしたいというのもあるかと思います。

結論は出てるのですが、伝える勇気、きっかけがなかなか。。
行きたい企業から内定が出た時が、そのタイミングだと思ってます。

胸が苦しい思いです。

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HIRO

匿名様
コメントありがとうございます。私も「実際に継いでいたら」と考えると、「これでよかったのか・・・」と考える事がきっとあっただろうと想像が尽きます。

両親の事や、働いている従業員さんの事など恐らく考えれば考えるほど「伝える」決断やきっかけが難しくなっている状況なのですね?

私は両親、自分の家族、妻の家族ことを考えすぎて答えが出せなくなってしまっていました。しかし最終的には「一緒に暮らしている家族(妻・子)」を優先する決断をしました。
匿名様の色々な事を気遣ってしまっている気持ちがわかる気がします。
ありのままにその気持ちを伝えるのも勇気がいるんですよね。。。

ご両親に「相談」という形で今の気持ちをそのまま伝えてみたり、今年中に伝える、正月中には伝える、そう心に決めて気持ちを固めていくっていうのも一つの手段かもしれないですね。

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かおり

初めまして。
ブログ拝見いたしました。
家業を継ぐとゆう問題で悩んでおりこちらにたどり着きました。
うちの家業は寺院です。
もともとは兄が継ぐ予定でしたが帰郷直後に亡くなり、
その数年後自分がお婿さんをとるかたちで継ぎたいと親に伝えました。
事務面で一緒に仕事をしていますが、結婚は思うようにいかず、自分も両親も歳を重ねた今、自分の決断は単なるワガママであったのではないかと悩んでいます。

こちらを拝見して、継ぐと決めても、継がないと決めても、それぞれに対する思いはなくなることはないのかなと思いました。

返信する
HIRO

かおり様 
始めまして。そしてコメント頂いていたのに返信が大変遅くなりすみません。
私にとって寺院を継ぐという事は知識も無いため想像が難しい所ですが、
かおりさんはご自身で「継ぎたい」という決断を伝えたものの、その後の様々な事で我儘だったのではないのかと悩まれたのですね。

>>こちらを拝見して、継ぐと決めても、継がないと決めても、それぞれに対する思いはなくなることはないのかなと思いました。
たぶんですが、どの決断をしても悩む事は出てくるんだと思います。今の私にとっても、親のこれからの生活や老後については考えが追いつきません。

何かありましたらまたコメントお待ちしております。

返信する

ブログ見させていただきました。
思うところがあり、残します。

実家の農家を継ぐかどうかで子供の頃からよく言われていました。元々、農業自体に興味を持てず、中高大と進路の分岐点、そして仕事を辞めた時などにいつも戻って継がないかと誘ってくれました。

帰る場所があるというのは、それだけで甘えていると分かっていても、両親の温かさから完全に拒絶することができませんでした。都度辛くなるので繁忙期の手伝いさえ疎遠になりました。

今年になり祖父が病院に入ったのと、あと続けられて4~5年だということ、そして過疎や人手不足だということを帰省時に毎度と話す両親。頻繁にその連絡が重なり、自分でも不思議なほどあっさり来年帰って継ぐよ、と言ってしまいました。

しかしそれから自分の家に戻り、ぐるぐるとその発言に疑問と否定が浮かびました。技術のこと、ネットがなく友達も離れた場所であること、引継ぎは2年くらいで覚えさせると言われたこと、作業機や運転が苦手で一人になった時、できると思えないといつも思っていたこと。。

やってみれば馴染むかも、と前向きに考えてみたのですが、引継ぐ前提で事を運ぶ思いに対してどうしても自分が主体でやりたいとはなりません。両親がいるという家族は感じますが、地域に溶け込み孤独感を解消できるとも思いません。

正直、手前勝手に言い訳を並べているだけではないかと思ってしまうのですが、これまで生きてきた何時の時の回答も全て否定だという結論は、継ぎたくないと答えをだしていると思いました。

だから、これから両親に電話で改めて話がしたいと持ちかけてみようと思います。手のひら返し、上げて落とすような仕打ちになって悲しむか、怒るかもしれません。ただ、やっぱり本心は伝えないと自分が保てないです。もう曖昧に先延ばしにはせず、きっぱりと言いたいと思います。

返信する
HIRO

氷様
始めまして。そしてコメント頂いていたのに気づかず返信が大変遅くなりすみません。
農業の問題も難しいですね。私の母の実家も農家でしたので、そこに住む従妹の女性が同じように悩んでいます。

>>だから、これから両親に電話で改めて話がしたいと持ちかけてみようと思います。手のひら返し、上げて落とすような仕打ちになって悲しむか、怒るかもしれません。ただ、やっぱり本心は伝えないと自分が保てないです。もう曖昧に先延ばしにはせず、きっぱりと言いたいと思います。
 こちらのお話はすでに結論が出たのでしょうか?恐らく大変な決断だったと思います。もしお時間があった時は、どうなったかだけでもコメント頂けますと幸いです。

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匿名希望

こんにちは。後継者問題についてのブログを拝見しました。
私は曽祖父より続く商店の1人娘で、思えば人生のターニングポイントに出くわす度に、いつも家業と後継者という立場で常に揺れ動いて来ました。家業自体は主に女性中心なものなので、業界に対しては抵抗ないのですが。

今は大学を出て、就職した会社を離れて、派遣で働いています。一度は家業を継ごうと職を離れたものの、丁度実家の相続問題〔曽祖父から両親〕が重なり、家庭内の環境にいたたまれず、再び家業からは離れて今の仕事をし始めました。派遣を選んだのは何処かで、決定的判断を先伸ばししたい気持ちと、今はまだ仮でも良いという甘えた考えもあったんだと思います。しかし近頃、80歳近い父とそれを支える母に会うたび罪悪感というか、いたたまれない気持ちになり実家から足が遠のいてます。あの歳になっても、自分の余生や家庭よりも、従業員の生活を考えて働くって、尊敬と同時に自分には出来ないかなと。両親は世代的にも、とにかく頑固で人生感などあらゆる面でギャップを感じてしまいます。私自身は仕事とプライベートははっきりと分けたいタイプです。幼い頃、家庭より家業優先な環境で育って来たのでどこか寂しく思う気持ち、自分はそうなりたくない思いもあると思います。また女なので果たして、パートナーとなる人はどう思うのかな…なんて考えてしまいます。〔過去にはそれで諦めた事がありました〕

両親は直に私には継いでほしいとは言った事がありません。が幼い頃から祖父母には次期後継者として育てられたなぁという自覚があり申し訳無くなります。またやはり家とか自分の生い立った環境を大切にしたい気持ちもあります。

ブログでも書かれていたらように、まさに私もこの問題と自分の気持ちを考えるたびに、グルグルと深みに嵌ってしまい私は結局は先延ばしにする・出来る選択肢を無意識のうちにとって現在に至ってるのではと思います。このままいつまでも中途半端でいたくないので、ここに来て、この1、2年特に悩んでいます。そして今、本当に決着をつけなればいけないタイミングにきています。

仰る通り、後継者問題って、コンサルタントとか実務的な問題解決の相談先は見つかりそうでも、なかなか気持ち的な事を話せるコミュニティが無く(^^;)

コメント残しました。散文で失礼しました。

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HIRO

匿名希望様
コメントありがとうございます。そして返信が大変遅くなってしまい申し訳ありません。
匿名希望さんも様々な家庭事情もあり、ぐるぐる頭を巡り悩まれてきたのですね。
私の場合は両親2人の自営業だったので両親の事だけ考えればよかったですが、
従業員がいるような規模だとその人たちの今後の生活の事までも考えなければいけないと思うと、余計ぐるぐるになってしまうのもわかる気がします。
匿名希望様の思い・家族・生活環境・祖父母様の思い・ご両親の今後・従業員の事・・・ 自分なら更に悩んでしまうのが目に浮かびます。。。

現在はある程度落ち着かれたのでしょうか?
もし何かありましたらまたコメント頂ければ幸いです。
こちらの記事というか、皆さんのコメントを含め多くの人に読まれている様なので同じように悩まれている方の参考になると思いますので。
匿名希望さんにとって、なるべく後悔のない結論になっているといいなと思います。

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匿名希望

こんにちは!あれから大分時間が経ちました。思い出して返信させて頂きます笑

結論は継ぐ選択をしました。今はまだ現職に身を置いてます。実家とは年内からの継承を双方準備しています。幸い職場の理解も得ることが出来ました。悩んだ時間が長かった分、実家とも職場とも余裕を持って準備期間が出来たので良かったなと。苦しんだけど必要な時間だったと思います。

最終的に決定打になったのは、罪悪感でも、親孝行の為でもなく。

家族だから、やっぱり良い面悪い面両方が見えて、それも二の足を踏んでいた理由でした。でもそれをひっくるめて、の覚悟が決まったというか。

自分にとっての幸せをとことん掘り下げてみました。それは実家でも実現可能なことでした。自分の価値観を取捨選択したらスッキリ状況が判断できるようになり両親とも今までより、上手く働き方や考え方について折り合いをつけて、冷静に話し合えるようになりました。

あとは、令和という時代の節目にもちょっとだけ背中を押されました。

不安も多々ですが、これだけ考えたので、どのみち後悔は無いです。今度は事業内容に悩まされることになります…頑張ろうと思います。

こちらで言葉に出来たことで整理も出来ました。ありがとうございます!m(__)m

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匿名希望★

こんにちは。私も後継者問題でずっと罪悪感を抱えておりました。

私の場合、本家の長女として産まれました。
跡取りについていざ結婚するときに、父に相談したとき、「もうそういう時代じゃないから好きにしろ」と言われ、そのまま嫁に行きました。
この時、正直、跡取り問題について、あまり深く考えておりませんでした。

しかし、、、結婚2年目にして、罪悪感で押し潰されそうです。
本来なら私が家を継いで、守らなければ行けなかったのではないか。
旦那に真剣に伝えるべきではなかったのか。
私のせいで、本家がなくなってしまうのか。
と後悔してしまうときがあります。

もうどうしようもないのに、悶々と考えてしまいます。

先日この気持ちを伝えたところ
旦那は、「父から話があれば、婿にいってもよかった。でも、こちらから婿に入りたいとお願いすることではないから言わなかった」と言ってるので、余計、その時にぶつかり会えなかったことに後悔しています。旦那の言い分はごもっともだと思います。
なので、このまま、ずっとこの罪悪感は消えないのかとくるしくてこちらにコメントさせて頂きました。
跡取り問題難しいです。

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HIRO

匿名希望★様
コメントありがとうございます。そして返信が大変遅くなり申し訳ありません。

匿名希望さんの場合は、「もうどうしようもない」と思いつつも、
もっとしっかりご主人様とも「話あえばよかった」と、「跡とり」について答えを出した結論に対して悩まれてしまっているのですね。

皆さん様々な背景があるので私から「どうこう」は言えませんが、その匿名希望★さんの今の気持ちだけでもご両親に伝えられる日がくると、
罪悪感や様々な思いが少し軽くなるのかもしれませんね。

跡取り問題・・・ 難しいです。。。

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ヨシアキ

はじめまして、35歳独身の男です。

いま、知り合いが紹介してくれた鉄工所で働いています(勤めはじめて4年半)

父親が自営をしており最近になって「継ぐ」事をどうしようかと悩んでいるときにこのブログを見つけてコメントさせていただきました。

正直、自分はいま働いている鉄工所での仕事はもともと大雑把で慌てん坊な自分には全く向いていないと思っています。職業柄、高所にも上りますし1㌧以上ある物を常に動かし加工したりしています。

自分自身、「よくこの4年間大きな怪我しなかったな…」と思っています。

自分は今年に入るまで父親とは完全に絶縁状態でした(母親とはちょくちょく会っていましたが)でも歳を重ねるごとにいがみ合って生きていくのがしんどくなり試しに父と会ってみたんてすが、これがきっかけで仲直り?をし今では普通に話せています。

そんなおり、ブログにもありましたが両親がとても老いていること気づきました。父としては継いでほしいと以前から言われていて自分も「継いでもいいかな…」と思っています。

ただ、いまの職場は紹介ではいっているのでむげに出来ません(一応3年は働いているので会社への恩義は返しているとは思いますが…)

こういう場合、退職するにはどうしするのが一番いいでしょうか?

長文申し訳ありません、アドバイスを宜しくお願い致します。

返信する
HIRO

ヨシアキ様
コメントありがとうございます。
私は特にアドバイスできるような立場でもないので、一緒に考えさせてもらいます 笑

>>父親が自営をしており最近になって「継ぐ」事をどうしようかと悩んでいるとき
>>こういう場合、退職するにはどうしするのが一番いいでしょうか?

文面を読ませて頂くと、「継ぐ」事をどうしようかという悩みと「退職」するためには?とあるようです。
気持ちとしては家業を「継ぐ」という前提で、「退職」を考えられている感じでしょうか?

私自身が同じような立場であれば、職場を紹介してくれた方へ予め退職の旨話をしたうえで、
職場の方へ「家業を継ぐ為、退職する」と話をさせてもらうと思います。

そして、お父様へは「家業を継ぐ」という前提で、「退職を考えている」と伝え、
円満に職場を辞められる時期まで待ってほしいと伝えるかな、と考えました。

しかし、ヨシアキさんの職場との関係性もあるかと思うので参考までに(^^♪

返信する
ジャガー

はじめまして。
ジャガーと申します。(20代半ば、女です)

家業を継ぐ継がない問題について、どこからどうやって考えたら良いのか悩んだ結果、Google検索するに至り…(笑)こちらの記事に辿り着きました。

"親が経営者、その子どもとしての悩み"は、友達にも同僚にもなかなか分かってもらえるものではないし、気軽に相談して答えが出るものでもなく。
HIRO様のこちらの記事が、わたしの気持ちと重なるところが本当に多くて感動しております。

わたしはまさに今、『ぐるぐるし始めた』状況です。
あと1年後、遅くても2年後には答えを出さねばなりません。ちょうど今回の年末年始の帰省で、父から「そろそろ家業を手伝うのかどうか、答えを聞かせてほしい」と言われてしまいました。

わたしの実家は福祉サービス事業をしております。父が経営者、母が事務として一緒に働いています。
わたし自身も大学で福祉を学び、やりがいのある仕事と感じています。

ただ、大学卒業後は自分に自信もなく、どうしてもすぐには家業を手伝う気持ちになれず、他で福祉の仕事に就きました。
現在2社目で、地元を離れて関東で働いています。
地元を離れた理由は2つです。
①地元には働きたいと思える福祉施設が無かったこと、②もっと世の中の色んな情報・働き方・様々な人の価値観に触れて、自分の世界を広げたいと思ったことです。

父からは、「いきなり経営者になれというのではない。ただ、地元に帰ってくる気があるのに他に働きたいと思える施設がないのなら、家業の手伝いをしたり、支援するから新たに起業して自分の理想とする施設を作ってみたらいい」と言われています。
ですので、単刀直入に「継いでくれ」と言われたのとは少し違うのですが。

客観的に見れば恵まれた状況だと思います。
父が作ってきた施設やサービスを誇りにも思います。
父も母も事業を苦労して継続しながら、私を育ててくれたことに対する恩、感謝もあります。
年老いていく両親(母はすでに65歳)に親孝行したい気持ちもあるのです。

ただ、心配がゴロゴロとあり…
全然まとまってませんが、ここに書き出させてください。

・今は手伝うだけでも、ゆくゆくは継いでほしいと言われかねないのでは?
・私の父も頑固な昭和のオヤジです。家業を手伝っても、私に対して強く出て『ああしろ、こうしろ』となる姿がイメージでき、それに心労を感じてしまう自分が想像できます。(家庭内で母にも本当に亭主関白な父です)
・福祉の現場で、対人サービスを実際に提供して働くことが好きなのであって、経営や経理事務には興味が持てない。
・10年以上勤務している従業員の方々もおられる中で、娘のわたしが手伝い始めたらどう思われるのだろう?何か噂などされるのでは?
・何より、子供の頃から親が帰宅してからも事業についての課題を話したりしているのを見聞きしていますから、今後の家業が成り立っていくのか?
・結婚もまだです。将来の結婚相手に家業について理解してもらえるか?

など…

未熟者の考える心配事ではありますが、今のわたしにはとても重要で、よくよく考えねばならない心配たちです。

父と話す時は、小さい頃から機嫌や顔色を伺いながら話さなければなりませんでした。そのせいか、昔も今も真面目な話や、腹を割って本音を話すことが、どうしても苦痛に感じてしまいます。
なんというか、見えない壁と言いますか、圧力というか、そんなものを感じるのです。
HIRO様と一緒で、喧嘩にならないか?といったことでも、頭の中いっぱいになります。

自分以外の部分でも心配な点が多くあり、どのようにして整理をつけていったらいいのか、何を優先して考えたらいいのか、わからなくなってしまいました。

元々、親からは『自分より相手を優先して考えろ、それが地域や人のためになる』という考え方で育てられてきたこともあり、HIRO様のように配偶者や家族、自分の幸せを優先していいのかどうか…

まとまらず、ダラダラと申し訳ありません。
もしもこの駄文をご覧いただいて何かアドバイスがあれば、ぜひお教えください。

このような跡取り問題について、言語化し、誰かに話せる場所があるだけで救われた気持ちです。本当にありがとうございます。

返信する
HIRO

ジャガーさんはじめまして。こんな個人的ブログが少しでも心の整理につながったなら幸いです。
また、家業についても読ませて頂きました。私は人様にあれこれ言えるほどの人間ではないのですが 笑
でも、色々な事をグルグル回っている状態や一人で考え続けるのは大変ですよね。
私も自分だったらどうするか?というのを思い出しながら考えてみました。

あくまで今の私なら・・・という視点ですが。
>>「いきなり経営者になれというのではない。ただ、地元に帰ってくる気があるのに他に働きたいと思える施設がないのなら、家業の手伝いをしたり、支援するから新たに起業して自分の理想とする施設を作ってみたらいい」
・正直な所、私たちが一番の悩むもとになる種ですね 笑。
「家業の手伝い」が例えば対人業務・相談業務であればジャガーさんはどう感じますか?手伝ってもいいと感じますか?手伝っていった先に「継ぐ」という選択肢はどうしても残る気がします。もし手伝うなら「対人・相談業務のみ」で「継がない」なら継がないまたは、「今の所は継ぐ気はない」と伝えた方がいいかと思います。
しかし、まずは「自分の事」だけ思い、今後のご自身がどうやって生きていきたいか?というのをしっかり考えてみてもいいのではないでしょうか。
例えばですが、
・今後の人生も福祉業界で対人業務を主に働き続けたいのか、価値観をひろげたいという思いから違う仕事にも興味があるのか
・将来的に結婚したら、専業主婦になりたいとか
・実家の「地域」には帰ってもいいと思うか否かや、家業は「継がない」でも、「対人援助業務」なら手伝ってもいいと思うのか
というような感じででも、ご自身の気持ちについてしっかりと考えてみるのもよいのかな?と思いました。

返信する
SUE

はじめまして、SUEと申します。
フラフラとネット上を彷徨いこちらに辿り着きました。
読んでいて共感できる部分がかなりあり、何か今後のきっかけになればと思いコメント残させて頂きました。

私は27歳の男性で、三兄弟の末っ子です。
今は親の会社で働いています。
父親は薬剤師で、母親は専務です。
薬局と調剤薬局を営んでいます。

北海道で生まれ、就職で東京へ行き1年半程経った頃新しい事業をやりたいと思っているからと声が掛かり、結果的に帰って手伝うという決断をしました。

私が帰る決め手となったのは、情でした。
元気だった親が歳を取り、年末の旅行先で親父がお酒を飲んだ時に倒れ、母親は店番中に目眩で病院に運ばれました(どちらも大事には至りませんでしたが)。
そんな光景を見るのも、母親が病院に運ばれるのも初めてで、兄貴は頼りなく、自分が親の近くにいたら安心なのではないかと心の底からそう思い、帰ることを決めました。

新規事業というのは、介護福祉事業で、私の前職とは対極にある職です。現在はそこの管理者をやりつつも福祉部門全体も見ていく様な立場です。

知識も何も無いところから初めて2年半くらい経ちました。正直経営も赤字続きで、上手くいかず、周りからは責任者なんだからと責任だけが重くのしかかる状況で、今月初めに抑うつ状態となりました。生きる意味を失い、本当にこのまま死んでしまおうかとも思いました笑

親もこの時は特に私のことを心配してくれました。現在は仕事を休み療養中です。

今の会社を出て、やりたい仕事をやるのか、このまま残るのか、決断できずにいます。
会社を出たいというのが恐らく本心なのですが、やはり親への情が離れずにいるんだと思います笑

ダラダラと長文で申し訳ございません!なかなか吐き出す所が無かったので所構わず出してしまいました^^;

悩んでいるのは自分だけでは無いんだという事がわかり、少しホッとした半面皆さん本当に立派だなとコメントを読んでいてそう感じました。

お時間あれば、HIROさんのご意見頂ければと思います!

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HIRO

SUEさん始めまして。そしてまずはご両親が大事にいたらず何よりでした。

しかしご両親の事を考えて新しい事業を継ぐ決心をされ、ご実家の方へ戻られたものの様々な心労を感じられているのですね。
前職とは真逆の事業に関して一から新く作っていき管理業務も行っていくというのは、さぞ大変だろうと思います。
と、いうのも正直私も20代の頃についた仕事で「自信」を少しづつ刈り取られていき、SUEさんと同じ思いをした事がありました。
その時の私は仕事を辞め(ようやくついた半官半民の比較的安定した職でしたが)、新しい仕事を派遣で探したりしました。
そのせいか「何事もほどほどにがんばる」という癖がついてしまい今に至りますが、後悔はしませんでした。その仕事を一生続けるほうが辛いと感じていたので。
SUEさんも今はもしかたしたら考える全てがマイナスに考えてしまう時かもしれません。
ご両親への「情」もわかる気がします。でもご自身の気持ちを紙に書き出してみたりしながら、頭の中をゆっくりと整理してみるのもいいのかなと感じました。

責任ある立場にあるという事で、焦っていらっしゃる部分もあるかもしれません。私も的外れな事をいっていたりしたら申し訳ないです。
少し落ち着かれたらご両親とも、今後の事も含めた今のお気持ちを話したりできるといいですね。
今はご自身の心やお気持ちを第一にいたわってあげてください。

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つねお

ちょうど今悩んでおりました。ITエンジニアの20代♂です。

家業は従業員50人ほどの70年以上続く工事業です(設立前の「集団」だったころも含めると100年近いと思われます)。父は厳格で粘り強い性格ですが、私は物心ついた頃から移り気で臆病で怠惰な性格なので、とても会社らしい会社の社長ができるとは思えないのです。長く続く会社ですし、工事業という体育会系な雰囲気に私が適応できるとも思えません。

社内に父の後を継いで雇われ社長をできるような人材もいないようですが、会社自体の評価は高いため、後継者がいない場合には他企業へ売却することはできるようです。

私はとにかく静かな暮らしがしたいので、将来的には山や森が近い地方にログハウスを建てて移り住み、自分のペースで仕事をしながら生活したいと子供の頃から思っていました。そのためにリモートワーク等と親和性が高いITエンジニアという職種を選びましたし、将来を見据えた能力開拓のためにかなり嫌々ながらガツガツとした雰囲気の外資系で仕事をしています。気持ちは現段階で完全に外へ向いている状況です。

しかし、3代続いてきた家業の歴史を思うと、売られてしまうのも勿体ないような悲しいような気もします。幸い父はまだ元気で、あと10年程度は現役で勤めるとのことなので、継ぐ前段階として家業へ入るのはせいぜい5年後くらいになるでしょう。しかしもし継ぐのであれば、今後の職種の選択などを微妙に変えていく必要があるでしょう(マネージメントや管理職の経験等)。

そのためもう少々悩みそうですが、一度こうやって言語化すると少し気分が楽になりました。ツラツラと愚痴っぽくてすみませんが、せっかくなので投稿させていただきます。ありがとうございました。

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HIRO

つねお様
コメントありがとうございます。
他企業への売却なども可能という事でしたが、実際人の手に渡ってしまうのは惜しいとも考えてしまいますよね。
我が家も小さな八百屋の割りには意外に・・・って状況みたいで、色々考えてしまう要因の一つでした。
また考え込んでしまった時はご自由に書き込んでください。

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NAKA

HIROさん、こんにちは
ブログを読ませて頂く中で自分と同じような立場の中で色々と悩まれ、自分なりの決断をされたことにとても共感を受けました。

私自身も父が卸売りの会社を経営しており小さい頃から父の会社を見て育ちました。大学生になるとアルバイトもしたりする中でいずれ継ぐことになるのかと考えたりもしていましたが、卒業後に海外へ留学し様々な考え方や価値観に触れたことでその後日本へ帰った後も忘れられず4年後にまた海外へ渡航、今では現地の会社で働いています。

渡航前は3年間という期間で両親とも話はつけていましたが、今現在の外国語を使った仕事に有意義を感じておりこのまま海外で生活を続ければと考えています。ですが当然のごとく両親は戻ってきてほしく、自分の中でもやりたい事とやらなければならない事がぐるぐる回り中々結論が出せずにいました。会社自体は合併企業で今は別の家系の者が中心になって会社を回していますが自分が帰らないことで家族や従業員を失望させ、姉にも負担をかけると思うと余計に堂々巡りでした。

しかしブログの中で書かれていたように誰も傷つかないように考えてたら答えが出ないとは正にその通りで最後は覚悟を決めて決断したいと考えています。

そこでひとつで質問なのですがお姉様はHIRO様の決断に対しどのようなお考えでしたでしょうか?継がなくなる場合親の世話に関して姉の協力も必要な為姉の理解も必要と考えています。
是非参考にさせて頂ければと思います。

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HIRO

NAKAさん
コメントありがとうございます。ご質問にあった姉の件ですが、姉は私の意見を尊重してくれました。そもそもですが姉には以前より実家に帰ったときなどに、実家に帰る可能性や家業を継ぐのか?等家族で夕飯を食べるときなどに酔っ払いながらも二人になった時に自分の悩んでる気持ちを話していました。私の両親に介護が必要になった時は可能な限り実家に日帰りでも帰り、ケアマネジャー等の話し合いにも参加するという話も姉とはしています。NAKAさんは私なんかより様々な経験をされ色々な価値観に触れられているかと思いますが、先の事までを含め少しづつでもお姉さまとも今後の事についてしっかりと話をされることがいいのではないかと思いました。誰も傷つけたくはないけど、答えを出すと必ず誰かに負担をかけたり傷つく人はでてしまうのは正直苦しいですよね。お姉さんと話をする事で考えが変わることもあるかもしれませんが、NAKAさんの気持ちも大事に後悔しない答えを出せるといいなと思います。

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NAKA

HIROさん
ご返信ありがとうございます。姉とは以前から実家に帰った際に相談していましたが気持ちを理解してくれる反面、やはり実家に戻ってきてほしいという本音もあり姉としても複雑な気持ちだったかと思います。子供が3人いて面倒が中々大変なこと、自分が海外にいて親に何かあった時にすぐには対応できないことから余計にそうだったかと思います。
しかしながら今では自分の後悔しない選択はする、但し親に対してでき得る限りの事はしてやりたいと考えています(お盆と年末年始は必ず帰るようにしています)。そしてその為にもHIROさんの言われるように姉と今後の事についてどう協力していくかもう一度しっかり相談していきたいと思います。
ちょうど今日父からメールがありどうするか決めて欲しいと連絡がありました。
先ずは自分の本心を伝えたいと思います。

HIROさんにはご相談にのって頂きありがとうございました。気持ち的にも大変助かりました。同じ青い空のもとお互いに頑張っていけるといいですね。

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HIRO

NAKAさん
こちらこそ不甲斐ない返答に対しご返信頂きありがとうございます。
様々な事情や環境があり一概にこうしたほうがいいと言う事ができない事ですが、まずはしっかりとご自身の気持ちを伝えるといのが今後の方向性を決める上では最善なのかなと考えています。色々な問題もあるかとは思いますがNAKAさんにとって後悔の無いよう話が進むことを祈っています。何か進展がありましたら他の方への参考になるかと思いますのでいつでもコメント頂ければおもいます。青い空のもとほどほどに頑張っていきましょう!!

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ゆーじん

HIROさんはじめまして
ゆーじんと申します。24歳の男です

現在は親の経営する会社で働いています。
(ちなみに業種は家電の地域販売店で俗に言う「街の電気屋さん」にあたります。) 

僕は3人姉弟で男は僕だけだったのでいつかは親が経営する会社を手伝うことになるのだろうなと薄々思っていて、将来のことに悩みながらも大学まで行かせてもらえたのでその恩にも報いる気持ちで資格を取り、今は親の会社で働いています。地元の人にも歓迎されて、最初はそれで良いと、やっていくうちに仕事も慣れて楽しくなるだろうと思っていました。

しかし、働いているうちに今の仕事にやりがいを感じなくなり、「本当にこのままでいいのか」と思うようになり、学生の頃に1度押し殺した気持ちがまた湧き上がってしまい「やっぱり自分のやりたい仕事をしたい」という気持ちが出てきてしまいました。

僕は以前より色々な仕事を経験してみたいと思う中で特に人に近い距離で人を支えることができる看護師を考えていた時期がありました。その気持ちが今とても強くなっています。
また昨今のコロナウイルスの騒動を見ていて現場で踏ん張っている医療従事者、知り合いの看護師から聞く現場の話を聞いていて何もできない自分に苛立ちを覚えます。もちろん今の時期から看護師の勉強をすることが大変なのは重々承知していますがそれでもなりたい、というのが僕の正直な気持ちです。実際に資料請求や知り合いの看護師に聞いて資格を取るためのアドバイスももらったりしていてやる気はあります。

しかし正直な気持ちがある反面、「このことを親に伝えてたらどんな気持ちになるだろう」、「会社の行末はどうなる」「従業員は?」という恐れの気持ちが出てきて口に出すことができません。1度は恩に報いる気持ちで入った仕事ですがここまで来てしまったらもうこのままこの道を進んでいくしかないのか、と思うこともしばしばあります。

自分の気持ちに正直になりたいけど親を悲しませたくない

その葛藤が今の自分の中で大きくなっています。

長文になりましたが読んでいただけたら嬉しいです。

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HIRO

ゆーじんさん
コメントありがとうございます。
読ませて頂いて、もしかしたら私が歩んでいた道を、今のゆーじんさんが歩まれている道なのかもしれないと読ませて頂きました。

ご自身の気持ちを一度抑えてご実家の家業をされていた。それが今回のコロナの影響もありくすぶっていたご自身の「やりたかった事」が強い思いになっているという事でしょうか。

考えている事や悩んでいる事もグルグルと回ってしまう葛藤も私と似ているような気もします。
身内の方が一番いいかもしれませんが、信頼されている方でもどなたかに相談できる方はいらっしゃいますか?話せる方がいらっしゃれば一度気持ちを話してみるのもいいかと思います。

私ももやもやと決め切れていない20代後半に昼間働き夜間部の学校に行き資格を取ったので、もしその道に進みたいと決めたのであれば必ずかなうと思います。
様々な思いもあるかと思います。今の仕事を続けていった際の収入面の見通しやメリットデメリット、看護師を取得する際の金銭的なものや時間的な負担も含めメリットデメリットなんてのは片っ端からあげてみたりするのもいいのかもしれないとも思いました。
答えを出すのはホントに心苦しいしきついですよね。ご家族の気持ちを取ればご自身の気持ちを犠牲にするのだとも思います。
どちらの道を選ぶにしろ後々後悔しないよう、客観的な意見も聞き考えながら答えを出せるといいですね。

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SATO

HIROさん初めまして。
実家が農業をしており、家業をどうするか考えている時にたどり着きました。

私は大学卒業後、主要都市に転勤がある企業に就職し、7年間働きました。仕事内容はよかったのですが、東京での生活を定年まで続けられる自信がなくなり、いずれは地元の人と地元に戻りたかったので実家のある県にUターンしました。今は実家から車で1時間ほどの会社で働き、田植えや稲刈りの時などに手伝っています。

Uターンした後に結婚し子どもが産まれ、賃貸で住み続けるのはもったいないからそろそろ家を欲しいということになりました。今の職場に不満もあり、自分で何かをやりたいという思いもあったので家業を継ぐことも見据えて実家と今の職場の中間地点で家を建てようかと検討し土地の契約もしました。
ただ、妻が2人目の子どもを妊娠。そこで家を建てていたら車2台は必須で、いずれ家業を継ぐといっても片道車で20分ほどで毎日父親のように朝から晩まで働いて住宅ローンに加えて農業特有の借金や天候リスクを背負いながら働いていくという覚悟ができませんでした。

その悩みを妻と何度も話し、やはり私は比較的安定していて定期的な休みもある会社員があっていて今住んでいる場所で妻と子供2人と住んでいく方が幸せだという話になりました。そして駅近の中古住宅を購入して車1台の生活をし、子供たちにも可能な範囲でやりたいことをやらせてあげられる生活をしていこうと話しています。
両親も私に継がせよう(もちろん継いでくれるなら嬉しいのですが)とは思っておらず、私たちが決めたことならと納得してくれています。

ただ、これが私たちにとっては幸せだとは思うものの、罪悪感も募り、実家の土地(農地など、ものすごい広さのものがあります)をどうするかという問題は解消されません。今の会社で定年まで勤められるのかという不安や迷いもあり、堂々巡りの状態です。

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HIRO

SATO様
こんにちは。なんだか私の思いと重なる部分が多くあるように感じられました。
今の私も「自分たちで決めた」事に関しては後悔はないものの、罪悪感はどこか感じています。
もし私が実家の近くに住んでいたのなら、とりあえず忙しい時期は手伝いながら悩み続けるかもしれません。
「現在」の考えと「近い将来」の考え方は変わるかもしれません。
ご両親も納得して頂けているのであれば、ひとまずは保留にしながら今の生活を続け、土地の今後についても機会があるときに話してみるといいかもしれませんね。
ほんと継ぐ継がない問題は人それぞれで答えが出ないですね・・・

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匿名

はじめまして。
私も今悩んでいたところこのブログを見つけ、誰にも相談できない気持ちを
こちらに思い切って書いてみようと思いました。

私は実家が家業をしており、現在両親、現役の祖父母と一緒にしています。
私は幼い頃から家業を手伝っていたので自然と将来私もこの仕事をするのかなと思っていました。
大学を卒業し、実家の家業に役立つと思いさらに1年間専門学校に通わせてもらいました。
卒業後は実家とは離れた県で就職をしましたが、働き出して2年ほど経った時に
実家の家業が忙しくなり、父からは「わしが過労で死んでもええんか」と言われ、
その言葉に慌ててしまいその時勤めていたところに無理を言って退職しました。
実家に戻ってから勤務時間も長く、休みも少ないことが不満で
後継ぎとして自分に自信もなく戻ってきたもののいつも何か満たされない状態で
5年が経ちました。実際に入社すると手伝っていた頃には分からなかったことが
たくさんあり、思っていたものと全く違いました。

高齢の祖父母は今も現役で働いていますが、仕事が生きがいでもあり
できなくなるまで続けると思います。父もそんな両親で育ったため
祖父母、父と働き方や考え方にギャップがあるといつも感じていました。
祖父母、両親は私にはとても良くしてくれます、それはすごく感謝の思いがあります。
しかし私は常に家族と離れたい、、そんな思いがあります。

会社も昔に比べると経営状態は良くなく、赤字が続いています。
休みが多く、自由に時間を使える人を見てはそれがすごく羨ましく思います。
私はあと何年も自分に我慢しなければならないのか、、
このまま歳を重ねて私の人生はずっとこの思いのままなのか、、
しかし私も自分の思いを祖父母や両親に話せず、今に至っています。
ストレスからか原因の分からない不妊治療を3年間しています。
母は私に気を使ってくれますが、仕事について話すと
「わがままばっかり言わないで」と言われます。

最近になってサラリーマンの夫に仕事を辞めて外で働きたいと相談したところ、
辞めたらいいよ、でも両親にそれを話してみないとたぶん気づいていないよ。
と教えてくれました。
でもいざ祖父母や両親を前にするといえなくなってしまいます。
私は恵まれた環境にいると思います。
でも家業を継ぎたくないと考えている裏切り、不仲になるかもしれない、
いままでしてもらった恩を仇で返す、私はわがままなのか、
そんなことを考えてしまいます。
家族と離れて夫と将来の子供とゆっくり過ごしたい、これが今の私の正直な思いです。

このブログを読ませていただいて、やはり自分の思いを話すことが
大事だと思いました。

長くなりすみません。
思いを書かせていただきありがとうございました。

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